2012-08-20 Mon

さて、「ぼくの早稲田時代」では、露文科にいながらロシア語は超低空の成績であった主人公が、1年留年の後、58年に北海道新聞社に入社するところで終わっていますが、この作品は、その後の主人公の生活をえがいた連作になっています。
それによると、主人公は、家賃9000円の安アパートに住み、部屋に電話を引いて雑文の依頼を待っているほか、講師の仕事もしています。一緒に酒を飲む友人はおり、行きつけの店もあります。数年前まで奥さんがいましたが逃げられ、調理器具はオーブントースターのみで、ろくに食わず飲んでばかりいて、栄養失調にかかり、死ぬところだったことがあります。また、めったに入浴をせず、行水で済ませています。
表題となっている「夜がらすの記」は、そんな主人公が、脳出血で倒れた話です。
著者は、あとがきで、自分の現実の生活に近いと書いており、実際、著者は、2年前の2月に脳出血が原因で亡くなっています。
また、著者はこの作品について、「悲しみを長調で表現する」というウエスタン音楽の方法を、私は自分のものと考えてきたが、はたしてそうなっているかどうかと書いていますが、十分そうなっていると思いました。
2012-08-20 Mon 18:40 | 古本
2012-08-16 Thu

最古の随筆文学である「枕草子」から始まって、昭和までの名随筆を紹介するとともに、古今東西の作品を引用しながら、随筆の書き方まで書かれている本ですが、紹介ないし引用されている随筆の量が膨大で、普通の人であれば、一生かかっても読みきれないのでは思われるほどです。
その中で、「日本人は、とくに随筆的な、或いは随筆を好む性向がある。日本人は直感的、芸術的な性格や嗜好をもって生まれ、一滴の水の中に宇宙を感じるというような具合に、過程をとびこして物の神髄を感得する性能にすぐれていた。」と書いています。
エッセイとの違いについて、随筆は、自然や人生の万般について語るものであり、何ものかを感得させる意味を持っているものであるのに対し、エッセイは、筆者が自分の個人的人格的の色彩を濃厚に出すこと、極端に作者の自我を拡大し誇張して書かれたものであるとしています。
2012-08-16 Thu 17:48 | 古本
2012-08-15 Wed

書名は、詩人天野忠の住所であり、この本は、著者と晩年の天野との交流をえがいたものです。交流は1982年ころから始まるのですが、当時天野は73歳になっていました。当時詩壇のなかのごく一部の人を除いて、誰も天野のことを知らなかったと著者は言っています。著者は、おっかなびっくり交流していくのですが、それは、天野に対する畏敬の念とともに、大野新から「二十世紀のいけずの老人」と称された、天野のキャラクターにありました。
著者は最後にこう書いています。「思えば、かなり前から私は、すでにこの世にいない、生前からも世間の外に身を置いていたような、そんな人にばかり会いたがっている。それらの人たちと私を隔てる境界を、日々感じなくなりつつある。詩人の語ってくれた言葉、書き残してくれた詩や文章を介すれば、生と死の境はない。『はにかみ屋』の、意気地なしの私でも、これならひとりで訪ねて行ける。」
2012-08-15 Wed 17:31 | 古本
2012-08-07 Tue

丸山の最初の詩集で、オリジナルは、昭和7年12月5日に第一書房から出ています。オリジナルは、限定500部で稀覯本になってしまったとの事で、冬至書房の中島善彌から、そのままの体裁で出させて欲しいとの申し出を受けたのですが、丸山は、往時のままの姿を現在にひき戻してみても、いたずらに幻滅を招くばかりではないかと正直な気持ちを話しますが、とうとう中島氏の熱意に負けて承知します。中島は、装幀、紙質等できる限り原本のままを踏襲したい意向だったとあるので、オリジナルを手にしたことはありませんが、そうなっているのでしょう。これも限定500部で、私の持っているのは、第388冊とあります。
さて蜂飼氏が、この詩のためなら、多少のことは我慢してもいいという気持ちになった「離愁」とは、このような詩です。
錨の耳に鴎が囁いてゐる
不意に―言葉もなく錨が滑り落ちる
驚いて鴎が離れる
瞬間 錨は水に�悗兇瓩督世鵑任罎�
鴎の胸に殘った思ひが悲しい啼き聲になって
空に散る
なんてモダンな詩でしょう。
2012-08-07 Tue 19:41 | 古本
2012-07-31 Tue

「少々自慢」では、詩人の蜂飼耳がこの本を取り上げています。蜂飼は「わたしの『北國』は枯れている。他所の本が気になるほど、わたしの『北國』はかさかさと乾き、寂しく、そして枯れている。まるで蝉の抜け殻か何かのようだった。」と書いていますが、私の持っている『北國』も枯れています。蜂飼は、丸山の第一詩集である「帆・ランプ・鷗」の中の「離愁」を称して、「一篇の中で何事か成し遂げられたかのような詩は、本当はほとんど存在しないという気がする。」、「この詩のためなら、多少のことは我慢してもいい、という気持ちになる。」と書いています。そしてその「離愁」の丸山薫だよと思いながら「北國」のページを繰ると書いています。
「北國」から
遠く鳴る汽笛の音を聴くたびに
私は思ふ
――あのときの汽車が運んだ雪は
この國の雪だったのだ と
そして また想ひ起こすのだ
都會の歩廊におり立った旅客達の
太陽に遠ざかった眼差を
それから いまの私が
そんな瞳をしてはゐないか と
2012-07-31 Tue 17:33 | 古本
TOP | 86-90/140件表示 18/28ページ : <前のページ [ << 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 >> ] 次のページ>