2012-06-11 Mon

これも恩地の装幀によるものです。恩地は、18歳のころに、竹久夢二にファンレターを出したことをきっかけとして、夢二と交流するようになり、大正12年5月には、夢二らと現代風に言えばデザイン事務所である「どんたく図案社」を結成したのですが、同年9月の関東大震災のために解散を余儀なくされます。
この選集は、1905年から1926年つまり明治38年から大正15年にわたる全作中比較的抒情画としての範囲に入るべきものを選んで編纂したと編者である岩田は言っています。
夢二自身は、「古疵をいぢられるような氣持ちになりたくない」といって、一切を岩田に任せています。
2012-06-11 Mon 18:25 | 古本
2012-06-05 Tue

この本の装幀者も、恩地孝四郎です。三好達治が編んだもので、全集本に収容されている遺稿の類、拾遺詩篇と草稿詩篇以外のすべての詩作を、散文詩も含めすべて年代順に整理して、編輯しています。
そして、「月に吠える」については、再版の序も収容されていますし、作品年譜として、製作年月日、発表雑誌名、その雑誌の発行年月もまとめているというもので、とても充実した内容となっています。
2012-06-05 Tue 19:18 | 古本
2012-06-05 Tue

恩地の本を紹介したので、恩地の手による装幀の中で、もっとも有名な本を紹介します。これは、本来田中恭吉が装幀する予定でした。田中は、朔太郎に、自分のすべての生命の残部を傾注すると約束します。しかし残念ながら、病のために、彼はこの本の完成を見ること無く亡くなってしまいます。ジャケットを飾る画は、田中の「夜の花」という作品で、彼自身もし詩集を出すことがあれば、表紙にしようと考えていたそうです。
朔太郎の「およぐひと」から
およぐひとのたましひは 水のうへの月をみる
なお、この本の初版は、500部しか発行されておらず、かつ自費出版でした。
2012-06-05 Tue 19:15 | 古本
2012-06-01 Fri

恩地は、昭和30年6月3日に亡くなりますが、そのわずか4ヵ月後に出たのがこの本で、彼の残した版画や詩で編まれています。彼の「萩原朔太郎」という詩の一部を紹介しておきましょう。
言葉が言葉をのりこえて感情が宙がえりする、
人生が足場を失って魂が転落する。
たった一つの真実さへ、それが虚偽のヴェールにつつまれてしまひ、
痴呆になった網膜が光を拡散し果てる。言葉は反射でしかない。
しかるに詩は言葉にこきつかはれてる。詩もまた虚妄である。
(朔太郎はその虚妄から虚無をつかんだ、夢のやうにつかんだ)
ちなみにこの本に、恩地の版画を頒布するとのお知らせが入っています。例えば、この本の表紙に用いられた「過去」(1950年作)は、なんと3000円だそうです。
2012-06-01 Fri 18:36 | 古本
2012-05-30 Wed

「詩のこころ・美のかたち」をより詩の鑑賞のために特化した内容となっています。
詩は間違っていなければならない
詩ははみ出し落ちこぼれものだ
詩は言葉の対比で生まれる
詩は吃驚させるものである
詩はモンタージュである
小さきものに詩はある
限りなく遠いところに詩はある
詩は異端である
こうして目次を書き連ねるだけで、一篇の詩のようです。
杉山氏は、この本を書いた理由について、「もとより読者が少数であることは詩の誇りなのだが、こんにち詩の書き手にしか読まれていないという、あまりにも自家中毒気味になっているので、この狭く小さいところに入り込んでいる詩の仕切りをはずして、広いところへ開放させたいのである。」と言っています。
2012-05-30 Wed 17:26 | 古本
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