Column ―弁護士の眼―

2025.03.19

最近の裁判例から


 長期間労働により自殺をしたり過労死したり、不幸な例は後を絶ちません。
 長時間労働をめぐる問題については、最高裁の判決で、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務があることを認め、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきであり、このことは公立学校に勤務する教員も変わりはないとしています。
 ある公立中学校の先生が長時間労働等により精神疾患を発症し自殺したとして、遺族が校長に注意義務違反があったとして市を相手に裁判を起こしました。
 本件では、長時間労働を余儀なくなされた理由が、この亡くなられた先生が吹奏楽部の顧問を担当していたことにあったようです。この学校はこの方が顧問に就任する前から、後援会があり、その活動はコンクール以外にも多く企画され、高いレベルを目指して活動するための仕組みが既に存在し、吹奏楽コンクールの全国大会出場、金賞獲得という目標は、学校全体の目標となっていました。
 こうしたことから、この部活動は、単なる課外活動ではなく、業務の一環として組み込まれており、これを校長も容認し、校長において黙示の業務命令があったと裁判所は判断しました。
 当事務所は、こうした長時間労働の問題も扱っておりますので、ご相談下さい。
               (八十島 保)

2025.02.03

最近の裁判例から

 いわゆる医療事故の裁判です。患者さんは58歳の税理士でした。
 この方は最初腰痛の治療のため相手方病院を受診していたところ、手足に痺れの症状が出るようになり、頚椎椎間板ヘルニアと診断され、頚椎椎弓形成術を受けたところ、術後、視力及び視野機能が低下する事態となりました。
 患者側は、腹臥位(うつ伏せで顔を横に向けた状態のことです)で、椎弓形成術を行う場合、視神経や網膜への血流低下により、重大な視力障害を引き起こす可能性があることから、血流低下を予防する措置を講じる義務があるのに、これを怠った過失があると主張しました。
 これに対し、病院側は血流低下を予防する措置は講じていた、本件は血流低下によって生じたのではなく、原因不明の視神経炎によるものだと主張して争いました。
 この裁判は、カンファレンス鑑定が実施されています。医療事故の裁判では、医学的知見見基づく判断が必要であることから、鑑定が実施されることがあります。その場合は、一人の鑑定人が書面を作成し裁判所に提出するという方法で実施されます。
 この制度は、鑑定人の負担が重い、一人の鑑定人の判断で客観性が確保されるのか等といった様々な問題が指摘されていました。
 そこで東京地裁では、カンファレンス鑑定といって、複数の鑑定人を選任し、簡潔な意見書の作成を依頼するとともに、裁判期日において、口頭で議論しながら意見をまとめます。
 この裁判ではカンファレンス鑑定の結果を踏まえ、患者側の主張が認められるという結果に終わっています。
 当事務所は、医療事故に特に力を入れておりますので、ご相談下さい。
                 (八十島 保)

2024.12.26

最近の裁判例から

 平成30年の民法改正で、新たに民法第1050条に特別寄与料という制度が設けられました。
 これは、相続人ではない被相続人の親族が(例えば被相続人の奥さんなど)被相続人の療養看護に努めるなどの貢献を行った場合、その貢献に応じた額の金銭の支払いを請求できることになりました。
 この制度ができるまでは、例えば相続人である夫に代わって被相続人である夫の親の療育看護に努めたとしても、妻は相続人ではないので遺産の分配を受けられないという不公平が生じていました。
 さて、今回ご紹介する裁判は、被相続人が、二人いた子のうち、一人に全財産を相続させるという遺言をしていた(もう一人の相続人であった被告には相続分がないことについては、争いはありません)場合に、唯一の相続人である子の妻が、特別寄与料の負担を、相続人ではなくなった者、即ち被告に請求できるかが争われました。
 被告は、遺留分侵害額請求権を行使したことから、遺留分として財産をもらうのであれば、相続人の妻は、特別寄与料も負担すべきだと考えて、このような裁判を起こしたものと思われます。
 この争いは、最高裁まで持ち込まれ、最高裁は妻の請求を認めませんでした。
 その理由は、民法1050条の5項で、相続人が数人ある場合、各相続人の特別寄与料の負担割合は、法定相続分によることとされていることからすると、相続分がない以上、遺留分侵害額請求権を行使したとしても、特別寄与料を負担しないと解するのが相当としました。
 当事務所では、相続に関する相談をお受けしておりますので、是非ご相談下さい。
                (八十島 保)

2024.11.20

最近の裁判例から

前回に引き続き面会交流の問題です。
 元夫が元妻に対し子との面会交流を求めたものの、調停では話し合いがつかず、家庭裁判所に対し審判を求めました。
 家庭裁判所は、父が子と直接面会することを認めず、電話やメールなどを利用するいわゆる間接交流しか認めませんでした。そのような判断をした理由は、
 ①子が慣れない相手に対して不安が喚起されやすい特徴を有して
  いる
 ②父親が子と接触した期間が短く、子に負担をかけさせないため
  には、母親の協力を得ながら、徐々に慣れさせる必要がある
 ③母親の父親に対する不安感が根強い
 ④子が日常的に夜中に泣いて目を覚まし、母親に精神的体力的に
  余裕がない
 ⑤この状況で、直接交流を認めると、母親の養育状況の低下が生
  じる恐れがある
といったものでした。父親はこの判断に納得できず、異議申立(抗告)しました。
 その結果裁判所は、直接交流の可否について、審理を充分に尽くしていないとして家庭裁判所に差し戻す決定をしました。このように判断した理由は、
 ①父親が第三者機関より支援が可能である旨の回答を得ている
  第三者機関を利用すれば、母親の協力は一定程度限定されたも
  のになると考えられる
 ②子は保育園に通園していて、この特徴についても周囲の配慮に
  より克服でき、あるいは成長に伴い自然と収まる可能性がある
 ③父親は母親に対し、直接の暴力に及んだり、合理的な理由のな
  い暴言ないし継続的ないし支配的な精神的暴力があったとは認
  めることはできない
 ④母親には、監護補助者がいる
 ⑤以上の事情があるから、試行的面会交流の実施を積極的に検討
  し、その結果も踏まえて、子の福祉の観点から慎重に判断すべ
  きである
といったものでした。
 本来試行的面会交流も含め、面会交流の可否ないし、あり方については、調停の段階で詰められたはずで、そうすれば抗告されさらに差し戻されるといったようなことはなかったと思われるのですが、それはさておき、一般的に裁判所は面会交流の実現には積極的な判断を示す傾向があります。裁判所がそのように考える理由として、父母が離婚しても子にとって親であることに変わりはなく、別居親からの愛情も感じられることが子の成長のために重要であるからというところにあるようです。しかし、そのためには父親と母親がお互いに、その立場を尊重できるような関係性を構築していることが大前提と思われます。
 そこがうまくいっていないにもかかわらず、面会交流を認めるのはいかがなものかという感想をもっています。共同親権も同じ問題だと思っています。
 当事務所では、夫婦間の問題も取り扱っておりますので、ご相談下さい。
                 (八十島 保)

2024.11.01

最近の裁判例から

 離婚するに際し、子の面会交流について調停がなされたもののまとまらず、審判による決定がなされ、親権者である母親は、父親と子の面会交流を原則として月2回(第1日曜日と第3日曜日、但し、これ以外にも特別の日を認める)実施すべきこと等が命じられました。
 ところが、上記決定のとおり面会が実施されていないとして、父親は母親に対し、子との面会交流を実施させるよう求めるとともに、それでも面会を実施させなかった場合には、1回あたり10万円の支出を求める(これを間接強制といいます)裁判を起こしました。
 これに対し、母親側は、まず面会交流の条件等を変更すべく、調停の申立をするとともに、間接強制の裁判に対しては、面会交流の実現には努力しており、間接強制を強いることは過酷執行であり、権利の濫用であると主張していました。
 まず母親から起こした面会交流の条件等の変更は、これまた審判に代わる決定により認められています。
 そこで裁判所は、面会交流の条件等が変更になったことから、それ以降については、間接強制は認められないと判断しました。
 次に新たな決定が出る以前については、やむを得ない事情があって面会交流を実現できなったとか予定を変更せざるを得なかったといった事情は認められないとして権利の濫用との主張を認めず、1回あたり3万円の支払いを命じました。
 当事務所では、夫婦間の問題も取り扱っておりますので、ご相談下さい。
              (八十島 保)

2024.10.10

最近の裁判例から

 小学校4年生の図面工作の時間に、金づちで釘を打ち付ける作業を含む木工作品を作製する授業が行われました。
 先生は、木材に打ち込まれた釘を抜く方法として、釘抜きを釘の頭と木材の間に差し込めない場合には、マイナスドライバーをこじ入れ、そこで釘の頭を起こした上で釘抜きを使用する方法を児童の前で実演して説明しました。
 児童Xがこの方法で釘の頭を起こそうとしたが、マイナスドライバーをうまく差し込みことができなかったので、別の児童がXに代わって差し込もうとしたところ、ドライバーが滑り、その先端が向かい側にいたXの左眼に刺さり大怪我をしたという事故が発生しました。
 先生は、学校における教育活動によって生ずるおそれのある危険から児童・生徒を保護すべき安全確保義務を負うと、最高裁で認められています。
 ですので先生としては、授業中に生じる危険を予見し、これを回避するための適切な措置を講じるべき義務を負っているとされています。
 このケースでは、一審の裁判官は、本件方法は指導通りに行えば危険が生じるものではないことや、先生が一般的に作業中の児童の近くに顔を近づけないよう注意していたことなどから、Xの請求を認めませんでした。
 これに対し高裁の裁判官は、児童が小学4年生であり、本件のような事故は予見可能であり、こうした事故が起きないように児童を指導したり、児童の動静を監視する義務があると判断しました。
 当事務所では、学校における事故も取り扱っておりますので、ご相談下さい。
               (八十島 保)

2024.09.19

最近の裁判例から

 働いていた期間中約9年もの間、上司から退職を示唆するような言動があったり、その意に反して頭髪に整髪料をつけて髪型を変えさせたりといった様々な事柄について、使用者側に職場環境配慮義務違反があるとして、裁判が起こされました。
 職場環境配慮義務というのは、労働契約法第5条に基づくもので、使用者は、労働契約上の付随義務として、労働者に対して働きやすい良好な職場環境を維持する義務を負うとされています。
 ですので、雇用する側としても、こうした義務があることを知った上で、労働者が働きやすい環境にあるかどうか、いじめやハラスメントがないかについて留意する必要があります。
 さてこの裁判は、労働者側の主張が約9年もの間にわたるものでしたので、時効が問題になったのと、違反行為を裏付けるものが、労働者が作成していた日記であったことから、その信用性が問題となりました。
 全部で65項目もの問題が指摘されていたのですが、時効については、すべて一体のものとして考えるべきとの主張は認められず、各エピソードごとに時効は追行すると考えるべきであること、日記の信用性については、個別に検討され、結果65項目のうち、3つが職場環境配慮義務違反があったと認められました。
 当事務所では、職場でのいじめやハラスメントの問題につても取り組んでおりますので、雇用者側の立場でも、また働く側の立場からでも扱っておりますので、お気軽にご相談下さい。
              (八十島 保)

2024.09.05

最近の裁判例から

 平成9年に大学の事務職として雇用され以後事務職として勤務し、平成26年10月に異動となり、その半年後に課長補佐に昇進したところ、その3か月後に自殺したことから、遺族が労災保険法に基づき保険給付を求めたところ、
支給しない旨の処分を受けたため、その取り消しを求めて裁判となりました。
 問題となったのは、自殺の原因となった精神障害が業務によるものかどうかという事でした。
 この問題については、厚生労働省が「心理的負荷による精神障害の認定基準について」と題する行政通達を出していて、行政実務上はこの認定基準に従って判断されています。これは必ずしも裁判所の判断を法的に拘束するものではないとされていますが、一定の合理性を有するものとされ、裁判所の判断の参考とされていますので、まずこの基準を前提に検討する必要があります。
 この裁判でも、この基準を前提に詳細な検討がなされ、適応障害の発症前おおむね6か月に生じた各出来事の心理的負荷の強度はいずれも「弱」であり、適応障害の発症後に生じた各出来事についても、いずれも「特別な出来事」には当たらないとされ、本件処分が違法とは言えないと判断されました。
 当事務所は、メンタルの問題も含め労災が問題となるケースも取り扱っておりますので、是非ご相談下さい。
           (八十島 保)

2024.08.16

最近の裁判例から

 交通事故により後遺障害を負ってしまった方が再度事故により後遺障害を負ってしまうことがあります。
 そうした場合、損害賠償はどうなるかといいますと、政令に規定があって、既に後遺障害のある者が障害を受けたことによって「同一部位」について後遺障害の程度を加重した場合は、その賠償額から既にあった後遺障害の賠償額を差し引くとされています。
 そこでこの「同一部位」というのが問題になるわけです。
この裁判では、まず最初の事故により、両変形性膝関節症を負い(既存障害)、二度目の事故で、高次脳機能障害、右感音性難聴及び右股関節の機能障害(現存障害)を負いました。
 被告とされた保険会社は「同一部位」というのは「同一系列」の範囲内であるとし、本件事故による現存障害である頭部外傷後の症状は「神経系統の機能又は精神の障害」の系列と評価されるところ、既存障害の両変形性膝関節症も局部の神経系統の障害であり、「神経系統の機能又は精神の障害」の系統と評価されるから同一の部位であると主張しました。
 裁判所は、政令の趣旨は、保険会社が賠償金を支払う対象となる損害は、当該交通事故により生じた損害に係る損害に限られるから、当該交通事故と相当因果関係のない障害に係る損害分は控除することにあると解されるとし、そうなると「同一部位」の障害といえるか否かは、現存障害に係る損害を控除しないと、保険会社が当該交通事故と相当因果関係のない損害について賠償金を支払うことになるか否かで判断すべきであったとして、保険会社の主張を採用しませんでした。
 当事務所は、交通事故の相談にも対応しておりますので、是非ご相談下さい。
           (八十島 保)

2024.08.01

最近の裁判例から

 保育園に通園していた当時3歳2か月の幼児がおやつとして与えられたホットドックを誤嚥して心肺停止となり、寝たきりの状態になってしまったという事故について、両親が保育園を経営していた市に対し損害賠償を求めました。
 被害者になってしまったお子さんは、内斜視及び遠視性乱視を患っていたほか、運動・言語に発達遅滞を有していたことから、本件事故当時は1歳児クラスで保育されていました。
 本件では、そもそもおやつとしてホットドックを提供したことの是非、提供方法に問題はなかったか、食事中に保育士がきちんと見守りをしていたのか、誤嚥直後の救護活動に問題はなかったのか等が争われたようです。
 まずホットドックの問題ですが、裁判所は提供されたホットドックは一般的な幼児向け料理として広く紹介されており、それ自体誤嚥の危険性が高いと言えず、これを提供したこと自体が違法ではないとし、被害者年齢に比較すると発達の遅れが認められるものの、誤嚥の危険が高い状態であったとはいえないとして、この点についても違法性はないと判断しました。
次に保育士の責任ですが、被害者から目を離した時間が数秒間であったこと、本件事故直後の対応にも問題はなかったとし、両親の請求を認めませんでした。
 幼児が食事中に、食べ物で窒息することは決して珍しいことではありません。硬いものでなくても、充分に噛まずに飲み込むなどして窒息してしまうことは充分ありえます。それまで誤嚥をしたことがなかったとしても責任がなかったと言い切れるのか、また本件ではホットドックを手でちぎって与えていたようですが、その大きさに問題はなかったのか気になるところであります。
当事務所では、施設内での事故についても取り扱っておりますので、ご相談下さい。 
      (八十島 保)

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